大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和26年(ナ)5号 判決

原告 安部頼毅

被告 秋田県選挙管理委員会

一、主  文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、「昭和二十六年四月二十三日執行せられた秋田県雄勝郡明治村長選挙に関し、被告が同年九月三日為した裁決を取消す。右選挙に於ける被告補助参加人(以下単に参加人と称する。)佐藤一の当選は無効とする。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は昭和二十六年四月二十三日秋田県雄勝郡明治村において執行された同村々長選挙(以下単に本件選挙と略称する)に於ける選挙人名簿に登録せられた選挙人であるが、本件選挙において、同村選挙会は、開票の結果、立候補者二人の内参加人佐藤一は一一二六票、訴外石垣清亮は一一二二票を各獲得したと認めて参加人を当選者と決定し、同村選挙管理委員会は参加人の当選を告示した。原告は、これを不服とし、同年五月二日、同村選挙管理委員会に対し、選挙及び当選の効力に関する異議の申立を為したところ、同村選挙管理委員会は、同年五月三十日、異議棄却の決定を為したので、原告は、更に同年六月二十日、被告に対し、訴願を提起したところ、被告は、同年九月三日訴願棄却の裁決を為し、原告は、同年九月五日、その送達を受けた。しかし参加人佐藤一の得票中には、(一)佐藤清七と記載したもの二票、(二)清七と記載したもの一票、(三)と記載したもの一票、(四)セシツと記載したもの一票、(五)佐藤一(はしめ)と記載したもの及び佐藤一(ハジメ)と記載したもの各一票、(六)と記載したもの一票、(七)佐藤へと記載したもの一票、(八)選挙管理委員会の名下に同会の印章の押捺のないもの一票、(九)墨汁がにじんで判読できぬもの四票、(一〇)潜在無効投票二票がある。右の内(一)及び(二)の三票につき、被告は、「清七」は参加人佐藤一の旧名であり、且つ候補者中佐藤姓を有する者は同人丈けであるから、右三票は参加人佐藤一に投ぜられたものと認めるのが妥当であるとしたのであるが、右佐藤一(明治二十六年三月十四日生でその住所は明治村大沢字大沢三十八番地の一、昭和二十六年二月二十七日秋田家庭裁判所湯沢支部の審判により旧名「清七」を「一」と改名し、戸籍上の手続後同年三月十日発行の明治村広報でその旨公示せられた者)の外に同村大沢字大沢三番地に佐藤清七(明治四十四年三月二十日生)なる者が居り、同人は本件選挙執行当時同村において選挙権並びに被選挙権を有し、同村基本選挙人名簿に登載され、村民税、固定資産税賦課の対象たる世帯主で、昭和二十二年度に於て執行せられた県議会議員選挙に立候補したこともあり、本件選挙に於ても立候補する意向であつたが、前記石垣清亮が立候補したためこれを断念したのである。右の次第であり、且つ投票自体の筆蹟より見ても、「一」「はじめ」又は「ハジメ」と記載することの不能又は困難な者の筆蹟でもないのに故らに(一)(二)の如く記載したのであるから右(一)及び(二)の三票は、右訴外佐藤清七に投ぜられたものと見るべきであつて、参加人佐藤一に投ぜられたと見るべきではない。(三)の一票につき、被告は「一」を記載せんとする意思の表示と認めるのが相当であるとの理由で有効としたが、その筆蹟並びに筆勢から見て、それは空白地に抹消の意味で書かれた斜線か或は「〆」の勾点を忘れたかその執れかであると解するのが相当である。その角度から観ても、アラビヤ数字の「1」と読めるとしても、これを「一」に通ずると為すことは不当である。(四)はその筆蹟から観て達筆者の筆蹟ではない。運筆に相当苦心した跡が窺われる。かかる投票者が、もし参加人に投票する意思であつたとすれば、「一」と書く筈である。何を苦しんで本投票の如き記載をするのであろうか。本票は「清七」を意味する「セシツ」と読むべきでわなく、清亮を意味する「セシケ」と書くつもりで「ケ」を「ツ」と誤記したものと認めるのが相当である。参加人の有効投票の約三分の二が単に「一」と記載されてある事実に徴すれば思半ばに過ぎるものがあるであろう。仮に本票が「清七」を意味する「セシツ」と書かれたものだとすれば前記(一)(二)と同様、参加人の旧名と同名異人の前記訴外佐藤清七に投ぜられたと解するのが相当である。(五)の二票における振仮名は、いずれも法律の認容しない有意の他事記載と解するのが相当である。被告裁決の如く「一」を明瞭ならしめる為に単に振仮名を附したものと解するのは不当である。同本人として「一」の字に振仮名を附しなければ誤読される虞ありと思考する者があるであろうか。被選挙人の氏名及びこれを明確にする文字若しくは敬称以外の他事記載は、これにより投票者が何人であるかを窺い知る機縁となる虞あるものであり、かかる記載を認容するにおいては無記名投票制度を採用した選挙法の精神を破壊するものである。本票の如きはよろしく有意の他事記載を為したものとして無効と断ずべきである。(六)の一票は当初稍々斜に「一」と明らかに記載した後その左端上部から順次にギザギザ線や不規則な曲線で抹消した形跡歴然たるものである。その最下部に表現されてある「一」は右抹消のための不規則な曲線の延長であつて独立して「一」と書いたものとなすことは甚だしく不当である。(七)の一票もその形状筆勢から見て「へ」と書かれたと解するのが相当で「一」と読むのは無理である。(八)の一票は選挙管理委員会の印章の押捺されていない不正規投票用紙になされたもので、それが公給されたものと確認すべき憑拠がない以上、当然無効とすべきである。(九)の四票はいずれも字体を為して居らない。これを「一」と書いたのであるが、折畳んだ際墨液が散つたことにより生じた過失の汚染と見ることは不当である。(一〇)本件選挙において大沢投票区において係員から投票用紙一、〇〇一票中九百七十七枚が交付せられているから係員の持帰残数は二十四枚なければならないのに二十三枚に過ぎず、結局一枚の不正行使があつたことになり、又同投票区において大島アヤは不在投票のため用紙の交付を受けながら、之を為さなかつたことが明かであるのに、投票総数は同人の投票が為されたと仮定した場合の総数に等しいことになつているのであつて、これまた不正投票が一票あつたことになり、右投票二枚はいずれも所謂潜在的無効投票であるから、以上(一)乃至(一〇)合計十六票は当選者の得票から控除されねばならず、従つてその有効得票は二千百十票となり、訴外石垣清亮の得票数よりも少くなるので、参加人の当選を有効とし原告の訴願を排斥した被告の裁決は失当である。よつて本訴請求に及んだ次第であると述べた。(立証省略)

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の日時、その主張の本件選挙が執行せられ、二人の立候補者参加人及び訴外石垣清亮がそれぞれ原告主張の得票を得たものとしてその内参加人が当選者と決定せられたこと、原告が本件選挙において選挙人名簿に登録された選挙人であること、本件選挙の当選の効力に関し原告主張の各日時その主張の如き異議申立、これに対する決定、訴願提起、訴願裁決並にその告示のあつたこと、本件選挙における参加人に対する有効投票中原告主張の(一)乃至(九)の如き投票のあること、及び参加人佐藤一の改名に関する原告主張事実はいずれもこれを認めるが、その他は否認する。(一)、(二)の投票については、佐藤清七は佐藤一と改名したが、過去数十年使用し来つた名を改名した関係からこれを短期間内に全有権者に完全に周知徹底させることは頗る困難なことであるから、投票者が参加人の旧名を書いたからとて咎むべきでなく、立候補制を採用する現行選挙制度の精神からいえば選挙者の意思を尊重し、これを客観的に推測して能う限りこれを有効ならしむべく解すべきであつて、立候補者の旧名と同名の者が選挙区内に存在しても、投票にその者に投ぜられたものではなくて立候補者に投ぜられたものと解することが右の趣旨に合致するというべく、従つて右(一)及び(二)の三票はいずれも参加人に投ぜられたと見るべきである。(三)の投票については、投票自体の記載からそれが「一」を記載せんとする意思の表明と見るを相当とするから、是亦参加人に投ぜられたものと見るべきである。(四)の投票については、それが参加人の旧名清七を東北人特有の発言により「セシツ」と書いたものである。従つて(一)(二)について述べたと同様これまた参加人に投ぜられたものと判断するのが相当である。(五)の投票については振仮名は判例に徴しても有意の他事記載と認められない限りすべて無効とすべきものでない。而して右投票はいずれも有意の他事記載とは認められないから無効とさるべきではない。(六)の投票は当初記載した文字の字体判明を欠いていたためこれを明瞭ならしめんがためこれを塗抹し、その下に「一」と記載したものとみるのが相当である。農村における選挙人の記載能力の低劣のため拙劣ではあるが、選挙人の意思は明白に表示せられていると見るべきであり、意識的な他事記載と見るべきではない。(七)の投票は「佐藤一」と記載する意思の表明たること殆んど疑を容れない。(八)の投票用紙は選挙事務関係者から選挙当時投票所において公給されたものと認められるから、正規の投票用紙たることを失わない。(九)の投票は選挙人が投票用紙(折合せ式)に墨筆で記載した後未だ乾かない内に折合せたために生じた単純な過失の汚染と見るべく、意識的の符合等と解すべきではない。その記載自体から「一」と記載する意思の表明と認め得るので参加人佐藤一に対する有効投票と見るべきである。(一〇)の投票についてはそもそも帰属不明の無効投票の発生原因としては無権利者が投票した場合の外に他人の名を詐つて投票した場合や場外でしたため投票が有効視される場合や、一定の手続を経ないで他人に代筆せしめた投票のある場合や、不正行為による投票が変造された場合や、違法の不在者投票を選挙事務従事者が受理した場合にも起り得る。これらを大別して二つに分つことができるのであつて、その一は実体法違反の投票が有効投票の中に混入した場合であり、その二は手続法違反の事実があるためにこれを有効投票とすべきでないのに有効視された場合である。而して実体法違反の場合は絶対無効とすべきであるが、手続法違反の場合は違法に関連して有効無効の価値判断が行われることとなろうから或る場合には有効となり、或る場合には無効と判断されることもあろう。従つて実質上選挙権を有しない者が投票者の中に混つて投票したこと、或は手続法違反の事実があることが立証された場合始めて帰属不明の無効投票として取扱うべきである。然るに本件においてはその何れに属するかにつき何等の主張立証がないのであるから原告主張の如く帰属不明の無効投票とすることは当を得ないと述べた。(立証省略)

三、理  由

原告が昭和二十六年四月二十三日秋田県雄勝郡明治村において執行された同村々長選挙における選挙人名簿に登録された選挙人であること、右選挙には参加人と訴外石垣清亮の両名が立候補し、選挙の結果参加人は一一二六票を右石垣清亮は一一二二票を各獲得したものとして参加人が当選者と決定されたこと、右選挙につき原告主張の各日時その主張のような異議申立、これに対する決定、訴願の提起及びこれに対する裁決のあつたことはいずれも当事者間に争がない。原告は、参加人の得票中表見無効及び潜在無効の投票があると主張するので先ず表見無効投票の有無につき審案するに、

(一)佐藤清七と記載した投票及び(二)清七と記載した投票について

右投票の存在並びに佐藤清七が参加人佐藤一の旧名で同人は昭和二十六年二月二十七日家庭裁判所の審判により右の如く改名を許可され、その戸籍上の手続を了し、同年三月十日発行の明治村広報でその旨公示せられたことは当事者間に争がない。凡そ投票の効力の有無を論ずるに当つては公職選挙法の規定に牴触しない限り投票自体から客観的に推断し得る投票者の意思をできる丈け尊重し、努めてこれを有効とするようにしなければならないことは民主憲法の要請であり、公職選挙法の解釈運用上の鉄則であるが、現行公職選挙法は立候補制度を採用しているのであるから、投票の記載が立候補者中の或る特定人の名又はその改名前の旧名を指すものと解し得る限りは、同一選挙区内にこれと同名異人が実在し、その者が選挙権被選挙権を有し、相当の社会的地位に在り、且つ立候補の意思を有しながら事情によりこれを断念した者であつても、現実に立候補していない以上、その者に対する投票と解すべきではなくて、立候補者中の右特定人に対する投票と解すべきである。今本件につきこれを観るに、原告主張の訴外佐藤清七が立候補をしていないこと原告の主張自体により明かであるから、右(一)及び(二)の各投票は爾余の点につき判断を用うるまでもなくこれを参加人に対する投票と認むべきである。

(三)のと記載された投票について

右投票の存在も当事者間に争がない。而して検証の結果によれば、同投票の記載はアラビヤ数字の「1」を表示する意思の表明と認められ、「一」と書く意思を以つて運筆されたものと認めることはできない。而してアラビヤ数字の「1」を以つて参加人「佐藤一」の「一」を意味するものと解することは、前記(一)(二)の投票に関する判断において述べた根本理念に立つてこれを考察しても、投票を有効なりとして救済し得る限界を踰えているものであるから消極に決する外ない。被告がこれを「一」と解読すべきものとして有効と判定したのは不当である。

(四)の「セシツ」と記載した投票について

右投票の存在も当事者間に争がない。原告は右投票は「セシケ」の誤記であるというのであるが、検証の結果によれば「セシツ」と読まれ「セシケ」の誤記となすことは甚だ無理な主張であることが判る。そうだとすればそれは当裁判所に顕著な事実である東北地方一般の訛音に照し「セシチ」を意味するものと判読し、参加人の改名前の旧名清七に投票する意思を以つて書かれたものと判定したのは極めて自然である。それが訴外佐藤清七に投ぜられたと解すべからざる理由は(一)(二)の投票につき判示したところと同一である。参加人に対する投票の大多数が「一」と書かれている事実があるとしても右結論の妨とならない。

(五)の「佐藤一(はじめ)」又は「佐藤一(ハジメ)」と記載した投票について

右投票の存在も当事者間に争がない。然し検証の結果によれば右投票はいずれも「一」を明瞭ならしめる目的の下に念のため振仮名を施したものであつて、特別の意図の下に振仮名を為したものとは認め難い。これを有意の他事記載なりとして無効とすることはできない。

(六)の投票について

右投票の存在も当事者間に争がないが、検証の結果及び本件口頭弁論の全趣旨によれば、該投票は不規則な曲線により一旦「一」と認められる記載を為したのを塗抹した上、改めてこれと独立してその塗抹部分に近接して「一」と記入したものであつて、後者は右不規則曲線の延長でその一部を為すものでないことが看取される。右塗抹部分の記載が他事記載となることは疑ないとしても、それは誤記又は拙劣な記載を為した場合等にこれを不規則曲線で塗抹する筆者の癖が偶々出たもので特別の意図の下に書かれた所謂有意の他事記載とは認め難い。該投票を参加人に対する有効投票と見たのは相当である。

(七)「佐藤へ」と記載した投票について

右投票の存在も当事者間に争がない。右投票は検証の結果に徴すれば「佐藤一」と記載する意図の下に運筆が為されたと認めるに十分である。従つて参加人に対する投票なることは毫末も疑ないところである。

(八)の投票用紙選挙管理委員会の名下に、同会の印章の押捺のない投票が一票存在する事実も当事者間に争ないが、検証の結果によれば、該投票用紙は右捺印洩れの点を除き他の有効投票用紙と規格、紙質印刷の態様等何等差異なく、その裏面に、該投票用紙を他の右捺印のある用紙と重ねた際後者に押捺されていた印影の朱肉が附着して生じたと認められる朱肉色の幽かな不鮮明な汚染部分があつて、この事実と本件口頭弁論の全趣旨を綜合して考察すれば、右捺印洩れの投票用紙は、選挙事務従事者が右印章を全部の投票用紙に押捺するに際し不注意の為これに捺印を遺脱したのを気付かず捺印洩れの儘選挙人に交付したものであつて、全く不注意に基因するものであり、選挙の公正を害する意図を以つて意識的になされたものでないことが認められるので、これまた無効投票とすべきでない。

(九)の投票について

右投票の存在も当事者間に争がない。しかし検証の結果によれば、該投票はいずれも墨筆で「一」と書いたものであるが、墨が未だ乾かぬ内にこれを四つに折合せたために生じた単純な過失による汚染であることが認められる。

然らば表見無効投票の存在に関する原告の主張中(三)の一票に関する部分は前示の如くこれを肯認し得る、がその他は一もこれを認めることができないのであるから、仮りに原告主張の如く潜在無効投票が二票あるとしても、無効投票は合計三票に過ぎず、参加人の得票からこれを控除しても一一二三票となるに過ぎず、依然として訴外石垣清亮の得票一一二二票より一票多い計算となること算数上明白であるから、結局潜在無効投票の有無につき判断するまでもなく、参加人の当選の効力を肯定する外なく、従つて右判定を非難する原告等の訴願を棄却した被告の裁決はまことに相当で原告の本訴請求はその理由がない。よつてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 豊川博雅 長谷川信 浜辺信義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!